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ジャッジという悲しさ

あなたは自分自身、あるいは他人をジャッジすることはありますか?

そしてそれはとても悲しいことであると、あなたは気づいているでしょうか。


頭の中から
「それは悪いことだよ!」
「これが良い事だよ!」
「これは正しい」
「それは悪いことだ」
「普通はこうする」
「それはおかしいor変だ」

などのジャッジの声が聞こえることがあるかもしれません。

ジャッジというのは、判定や審判という意味として捉えてください。


善悪・良し悪し・真偽・否定肯定・ポジティブネガティブ・損得・得手不得手・有無・
などですね。
意外とたくさんありますね。


しかし、私たちの生活において、
絶対に良いもの
絶対に悪いもの
というものは残念ながら存在しません。

なぜなら、私がいいと思うものをあなたがいいと思うかも限らないし
あなたがいいと思うものも、私がいいものと思うかも限らないからです。

「それは悪いことだよ!」
「これが良い事だよ!」
「これは正しい」
「それは悪いことだ」
「普通はこうする」
「それはおかしいor変だ」

上記のことは全部、相手や時代や、状況によって全部異なってしまうからです。


全員に共通の絶対的な答えというものは存在しないのです。


共通の答えを求めてジャッジを行う時、
それはとても融通のきかない視野の狭い状態といえるでしょう。

そして更にジャッジという小さな思考の枠に物事を当てはめて考えるとき
枠の外にある様々な可能性に気づいていない状態とも言えます。

誰にとっても、
正しいことのみを求め
良いことだけを求め、
普通のことだけを求め

生活するにはこの世界はあまりにも窮屈です。
価値観の違う人に会うたびに、自分自身の価値観を納得させなくてはいいけなくなりますし、
もし何か真逆の価値観を持つ相手とであったら、
どんなに素晴らしい一面があろうとも受け入れることができない可能性もあります。

ジャッジをすることはとても指針がしっかりとあり、安心感もあります。
守られているような気さえすることがあります。

ジャッジをすることによって得られることもありますし、
失うものもあるのです。

全てのものは観る角度によって、ジャッジしたどちらにもなり得ること。
そしてそれはすぐに変化していくということが言いたいのです。

あなたがジャッジの声だけに囚われるのではなく、
是非「したいこと」を選択してください。

良くても悪くても、得意でも不得意でも

あなたの「したいこと」を


するべきことやしなくてはいけないことではなく

あなたが楽しみを見いだせる事柄を、是非たくさん見つけていってください。


共通の答えを探すのではなく、あなた自身の
あなたなりの答えを
心の声を聞いてみてくださいね。


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